『ダイの大冒険』の作者が描く『冒険王ビィト』を、いま読む理由
フランスのテレビ番組『クラブ・ドロテ』で放送された『Fly』を見て育った人も、漫画でダイとポップの冒険を追いかけた人も、近年の新作アニメで『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』に出会った人もいるだろう。三条陸と稲田浩司は、もう一つの壮大なファンタジーを生み出している。2002年に始まり、長い休載を経験した『冒険王ビィト』だ。いま改めて、コレクターの本棚に迎えたい作品である。
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1994年、フランスの『クラブ・ドロテ』の視聴者は、魔物がひしめく世界で勇者になることを夢見る少年「Fly」と出会った。フランスでの放送用に付けられたその名の正体は、1989年から日本で連載されていた漫画『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』の主人公、ダイだった。
フランスのある世代にとって、『Fly』は日本のファンタジー作品との最初の出会いの一つだった。ハドラーとの戦い、アバンのもとでの修業、ダイとポップの冒険。そうした物語がテレビの前で過ごす午後の時間を彩った。ベルナール・ミネが歌う主題歌もまた、その記憶に深く刻まれている。
しかしアニメは全46話で終了した。フランスの視聴者が触れられたのは、三条陸と稲田浩司が描いた物語の一部にすぎない。続きが知りたければ、1996年から出版社J’ai Luが『Fly』の題名で刊行した漫画を読む必要があった。

この作品は、フランスの漫画出版史の中でも独特の歩みをたどってきた。世代をまたぎ、版元を変え、題名まで変わっている。J’ai Lu版『Fly』の後、2007年にはTonkamが『Dragon Quest : La Quête de Daï』として再刊。2022年からはDelcourt/Tonkamが『The Adventure of Daï』という新装版を刊行している。
2020年には新たなアニメ化によって、ようやく物語の全編がテレビで描かれた。最初のシリーズから約30年を経て、ダイとポップは再び画面に戻り、視聴者はその結末まで見届けられるようになった。
その間に、二人の作者は別の作品を手がけていた。試練を通して成長する登場人物、力だけでなく戦略が問われる戦闘、それぞれの動機を持つ敵。前作にも見られた二人の持ち味は健在だ。ただし今回は『ドラゴンクエスト』の世界を離れ、残忍な存在が支配する独自の世界を築いている。
それが『冒険王ビィト』である。

三条陸と稲田浩司――少年漫画の魅力を知る二人
『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』は、1989年に『週刊少年ジャンプ』で連載を開始した。同誌には『ドラゴンボール』なども掲載されていた。原作を三条陸、漫画を稲田浩司が担当し、二人の共同制作は1996年まで続いた。単行本は全37巻に及ぶ。
舞台の土台となったのは、鳥山明のデザインと切り離しては語れないゲーム『ドラゴンクエスト』の世界だ。三条と稲田は、その設定をもとにダイと仲間たち、そして彼らの前に立ちはだかる敵を描く独自の物語を作り上げた。
中でも印象深い人物の一人がポップだ。危険を前にするとしばしば怖じ気づく見習い魔法使いの彼は、自分の価値を認めるために、迷いや恐怖を乗り越えなければならない。その成長は数十話をかけて、出会いや失敗、涙、戦いの積み重ねの中で描かれる。優れた力を持っていても、恐怖に負ければ十分に発揮できないことがある。
敵役にも同じように丁寧な描写が与えられている。ハドラー、ヒュンケル、バランにはそれぞれの動機と過去があり、主人公たちに劣らない存在感を放つ。三条は彼らの矛盾や関係性、そして物語の中での立場を大きく変える決断をじっくりと描いている。
稲田浩司の絵は、そんな人物たちに鮮やかな存在感を与える。表情豊かな作画によって、感情も動きも明快に伝わってくる。戦闘が何ページにもわたって続いても、何が起きているのか見失うことがない。
この語り方こそ、『ダイの大冒険』が今も愛される理由の一つだろう。三条と稲田にとって、戦いは単なる力比べではない。登場人物が自分の恐れや矛盾、背負うべき責任と向き合う場でもある。
『ダイの大冒険』の完結から6年後の2002年、二人は新作『冒険王ビィト』で再び組むことになる。

『冒険王ビィト』――魔人ヴァンデルに支配された世界
物語の舞台は、「暗黒の世紀」に覆われた世界だ。
魔物を操る強大な存在、魔人(ヴァンデル)が人間を支配している。村々はその圧政の下に置かれ、人々は安全や自由を取り戻すため、ヴァンデル討伐を専門とする戦士「バスター」に望みを託すしかない。
そんな世界で生きる少年ビィトは、バスターに強い憧れを抱いている。とりわけ尊敬するのは兄ゼノンとその仲間たち。彼らは大陸屈指の実力を誇るバスター集団として知られている。
恐るべき魔人ベルトーゼとの戦いで、ビィトは瀕死の重傷を負う。彼を救うため、ゼノン戦士団の5人は自分たちの武器「才牙(サイガ)」を通じて、残された生命力をビィトに託す。
少年は一命を取り留める。しかし、彼を救った5人の戦士は姿を消してしまう。
それから3年後、ビィトは幼なじみのポアラと旅に出る。魔人たちに立ち向かえるほど強くなり、「暗黒の世紀」を終わらせるためだ。
ビィトは5人の卓越した戦士が使っていた武器を受け継いだものの、その経験までは引き継いでいない。自分を生かした犠牲の重みを背負いながら、武器の使い方を学ばなければならない。
冒険の始まりで、ビィトは熱意にあふれ、ときに無鉄砲だ。強い意志さえあれば目標を達成できると信じている。しかし魔人たちは、この世界が彼の想像以上に危険であることを容赦なく思い知らせる。
『ビィト』の世界を特徴づけるのは、敵の残虐さと人々の置かれた厳しい状況だ。魔人は広大な地域を支配し、バスターがすべての場所を守ることはできない。一度の敗北が、守るべき住民に深刻な被害をもたらすこともある。

才牙(サイガ)――5つの武器が広げる戦い方
『冒険王ビィト』の設定のなかでも、とりわけ興味深いのが、才牙(サイガ)という武器の仕組みだ。
この世界では、バスターたちは「天力」と呼ばれるエネルギーを操り、属性ごとの技である「天撃」を繰り出す。さらに、熟練したバスターは天力を自分だけの武器「才牙」として具現化することもできる。その形状や特性は使い手の資質によって異なり、自在に扱うには豊富な経験が必要となる。
ただし、すべてのバスターが才牙を持っているわけではない。ミルファは巨大な電撃のペンチのような武器「ライボルトグラスパー」を使い、スレッドは目に見えない武器「サイレントグレイブ」を操る。物語の序盤、ポアラはまだ通常の武器で戦っており、天撃の技術を少しずつ身につけていく。一方、キッスは並外れた才能を持ちながらも、戦闘では天撃の技術だけを頼りにしている。
そんな世界で、ビィトは例外的な存在だ。彼はゼノン戦士団の仲間たちから、剣、槍、盾、斧、遠距離攻撃用の武器という5つの才牙を受け継いでいる。それぞれに固有の特性があるが、もともとはビィトとはまったく異なる能力を持つ戦士たちの武器だった。それらを使いこなすには、彼自身が経験を積み、習熟していかなければならない。
こうした武器の多様性が、戦闘にRPGを思わせる戦術的な面白さを生んでいる。相手となる魔人(ヴァンデル)によっては、ビィトはその能力を見極め、最も適した才牙を選ばなければならない。遠距離からの攻撃、接近戦、盾を使った防御では、取れる戦い方が大きく変わってくる。
また、5つの才牙はゼノン戦士団との絆をつなぐ存在でもある。ビィトがそれらを使いこなせるようになる過程は、彼自身の成長と重なっている。同時に、それぞれの武器が、自分の命を救うために犠牲となった戦士たちのことを思い起こさせる。

ポアラとキッス――それぞれ異なる速度で成長する仲間たち
ビィトの決意は尽きることを知らない。目標を達成できると信じ、どれほど危険な状況でも驚くほどの自信を失わない。
幼なじみのポアラは、最初からビィトの旅に同行する。彼女にも勇気があり、戦いを人任せにするつもりはない。しかし、その成長は、ときに自分とはかけ離れた力を見せる少年の陰で進んでいく。
その力の差が、ポアラの物語を形づくる。もっと強くなり、バスターの一員として自分の居場所を見つけ、仲間と同じように戦いたい。経験を重ね、自分の能力を伸ばすにつれて彼女の成長は重要さを増していくが、一部の仲間には及ばないという思いとも向き合わなければならない。
一方のキッスは、対照的な人物として興味深い。属性を操る「天撃」の技に並外れた才能を持ちながら、自分にまったく自信がない。
その能力は目を見張るものがあるが、普段の言動には迷いや恐れがにじむ。それでも仲間を守らなければならないときには、凄まじい力と決意を見せる。
キッスという人物の魅力は、実際にできることと、自分にできると思っていることの隔たりにある。強力な技を持っているだけでは、目の前の困難に立ち向かう自信にはつながらない。
ポアラとキッスを通して、本作は新しい技を増やすだけではない成長を描く。力をつけても悩みが消えるわけではなく、共に戦うことを学ぶ中でビィトとの関係も変化していく。


魔人ヴァンデル――性格が戦いを左右する敵たち
魔人たちはそれぞれ野心を抱いており、振る舞いも一様ではない。
彼らの強さは星の数による格付けにも表れ、特に恐ろしい魔人を見分ける目安となる。この序列はバスターたちの成長と重なり、これから直面する脅威の大きさを伝えている。
魔人の姿は明らかに怪物じみたものから、人間に近い特徴を持つものまでさまざまだ。能力も多種多様で、戦いの条件を根本から変えてしまうことさえある。
ビィトたちが序盤に遭遇する強敵の一人、グリニデは、極めて凶暴な本性を隠しながら、何としても冷静さを保とうとする。怒りを抑え込もうと努めるものの、ひとたび激高すれば、その残虐さが露わになる。
この矛盾が彼を印象的な敵にしている。性格と能力は切り離せず、怒りそのものも、それを抑えようとする行動も、戦闘の行方に直接影響する。
ベルトーゼは物語の中でも特別な位置を占める。ゼノン戦士団の失踪につながる出来事に最初から関わり、今なお不気味な存在であり続ける。登場する機会が比較的少ないからこそ、次にいつ姿を現し、今後どんな役割を果たすのかという期待が高まる。
物語が進むにつれ、ほかの魔人たちも登場する。それぞれ異なる能力と野心を持ち、同じ世界のほかの存在とも独自の関係を築いている。
戦闘が数話にわたることもあり、その中で敵の技や性格、バスターたちがどう攻略しようとするのかが徐々に明らかになる。とりわけ敵自身の判断が戦況を変える場面では、能力の性質と同じくらい、その性格が重要になる。


稲田浩司の作画――『ドラゴンクエスト』から受け継いだものと独自性
『ビィト』のページを開くと、まず『ダイの大冒険』を思い起こす。
顔立ちや表情、動きのすべてに稲田浩司らしい描線が表れている。コミカルな表情から一転して、重い場面にふさわしい真剣な反応へと切り替える巧みさも健在だ。
稲田は戦う者たちの身体的な違いにも力を注いでいる。魔人の圧倒的な巨体、変身、独特の身体構造は、戦闘での存在感を際立たせる。ビィトたちがどんな脅威を相手にしているのかも、一目で伝わってくる。
才牙もまた、絵に大きな変化をもたらす。形状や大きさ、特性の違いによって、人物の構えや動き方が変わるからだ。槍、斧、盾では扱い方が異なり、その差が戦闘シーンの視覚的な多彩さにつながっている。
複数の人物が同時に派手な技を繰り出しても、稲田のアクション描写は見通しがよい。表情の変化も、緊迫した場面からユーモラスなやり取りまでを自然につないでいる。
こうした絵柄の連続性は、『ダイの大冒険』の読者が『ビィト』に入りやすい理由にもなる。見慣れたタッチが、別の世界のために生み出された新しい人物や魔人たちを描いているのだ。
漫画の制作には中鶴勝祥も参加しており、集英社は「デザイン協力」として正式にクレジットしている。『ドラゴンボール』などで知られる日本のアニメーターである中鶴は、後にアニメ版『冒険王ビィト』でも山室直儀とともにキャラクターデザインを担当した。

物語を描き切る前に途絶えかけたシリーズ
『冒険王ビィト』の単行本第1巻は2002年10月に日本で発売された。連載誌は集英社の月刊誌『月刊少年ジャンプ』だった。
ほどなくして東映アニメーションによるテレビアニメも制作された。第1シリーズは全52話で、2004年9月から2005年9月まで日本で放送された。続いて全25話の『冒険王ビィト エクセリオン』が放送され、ゲーム作品も展開された。
しかし2006年、稲田浩司の体調不良によって漫画の連載は休止する。その時点で単行本は12巻まで刊行され、物語は未完のまま残された。
読者はそれから約10年にわたり、連載再開の可能性を待ち続けた。
2016年4月、三条と稲田は『ジャンプSQ.CROWN』でついに連載を再開した。その後、再び休載を挟み、2018年からは『ジャンプSQ.RISE』で、より間隔を空けながら掲載が続いている。
2000年代初頭に『ビィト』と出会った読者にとって、この復活は格別だったはずだ。10年近く止まっていた冒険が、同じ作者二人の手によって再び動き始めたのだから。
日本では現在も連載が続いており、2026年1月5日には単行本第19巻が発売された。


フランスでも長期中断を経験した刊行の歩み
フランスでは、Kanaが2006年9月22日に『Beet the Vandel Buster』の刊行を開始した。
ところが、日本ではまさに連載が休止したばかりで、フランス版の刊行も難しい状況に陥る。最初の12巻は発売されたものの、第13巻が読者のもとに届いたのは2019年8月のことだった。
その後、フランスでの刊行は再び数年間止まった。
2024年10月には、Kanaが販売終了作品について発表した案内から、フランスでの続刊が打ち切られるかのような印象まで広がった。しかし出版社はすぐに情報を訂正し、新刊の発売予定は維持されていると確認した。
そして2025年11月21日、ようやく第14巻が発売された。続いて2026年1月に第15巻、5月に第16巻、8月に第17巻が刊行され、第18巻も同年11月の発売予定として告知されている。
途中で収集を止めていた読者は、ようやく冒険の続きを追えるようになった。初めて手に取る人にも、現在はフランス語版17巻分の物語が用意されている。
いま『冒険王ビィト』を読む価値とは
『冒険王ビィト』は、旅や未知の土地との出会い、登場人物それぞれの能力を生かした戦いを大切にしていた時代の冒険漫画だ。
読んでいて面白いのは、登場人物たちが敵を理解し、そのうえで攻略法を見つけていく過程だ。魔人の能力は最初から仕組みが分かるとは限らず、ビィトにも適切に対処できるだけの経験が常にあるわけではない。5つの才牙は多くの選択肢を与えてくれるが、どれをどの場面で使うべきかは自分で判断しなければならない。
こうした戦術性が、単なる力の見せ合いを超えた面白さを戦闘にもたらしている。それは主人公の成長とともに深まり、ポアラやキッス、ほかの仲間たちもそれぞれの道を歩んでいく。
彼らが生きる世界の厳しさも失われない。人々は魔人の支配に苦しみ、バスターは彼らを守るために命を懸ける。ビィトの明るさやユーモラスな場面の奥には、常に現実的な危険が存在している。
『ダイの大冒険』とのつながりは誰の目にも明らかだ。稲田浩司の作画、三条陸による戦闘の組み立て方、前作でも使われた物語上の仕掛けが受け継がれている。ダイたちを思わせる登場人物もいるため、従来の冒険少年漫画から大きく離れた作品を求める読者には、必ずしも合わないかもしれない。
それでも『ビィト』には、前作との関係を抜きにして楽しめるだけの個性がある。魔人に支配された世界、姿を消した戦士たちから受け継いだ武器、仲間たちがそれぞれに抱える困難。それらが本作ならではの輪郭を作っている。
いま読み始めるなら、結末がまだ描かれていない作品であることも受け入れなければならない。それでも約10年の休載を経て漫画が復活し、フランス語版の刊行も再開されたことで、多くの読者がもう戻ってこないと思っていた冒険を再び追えるようになった。
何より私が願うのは、最初の刊行時には出会えなかった人たちにも『ビィト』を読んでもらうことだ。『Fly』とともに育った読者なら、三条と稲田が冒険漫画に何をもたらしてくれるかをすでに知っている。そうでない人も、紆余曲折の刊行史を経てなお多くを語ろうとしているこの作品を通じて、二人の魅力に触れられる。
『ダイの大冒険』や『RAVE』、あるいは1990年代から2000年代の壮大なファンタジー冒険譚が好きだった人なら、『冒険王ビィト』は本棚に加える価値のある一作だ。
本記事の執筆にあたり、『冒険王ビィト』第17巻をお送りいただいた出版社Kanaに感謝いたします。



