フランスで相次いだマンガ・ゲーム専門店への略奪――割られたショーウィンドウの向こうにある、何十年もの情熱
子どもの頃、私にとってパリは、ほかでは手に入らないものを見つけられる場所だった。初めて訪れたときは、マンガやゲームの店の住所を記したリストをポケットに入れていた。すでに閉店していた店もあれば、存在すら知らなかったものに出会わせてくれた店もある。私のコレクションは、そんな経験を重ねながら形になっていった。
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年月とともに、私の集め方も、お気に入りの店の顔ぶれも変わった。かつては何か月も探し回った品が、今ではインターネットで数秒のうちに見つかる。それでも、何に出会えるかわからないまま店の扉を開く楽しさは、今も失われていない。ずっと後になって、パリのヴォルテール大通りとその周辺も、私が好んで足を運ぶ場所になった。マンガ、レトロゲーム、フィギュア……。そこには、買うことと同じくらい、見つけること自体がコレクションの楽しみだった頃の感覚が残っている。


10月17日、専門店が標的になった
だからこそ、10月17日の映像を見るのはつらかった。ヴォルテール大通りにあるManga Story、Hobby One、One Repar、Sat Eliteなどの専門店が略奪され、ショーウィンドウを割られ、棚の商品を根こそぎ持ち去られた。翌朝、Le Parisien紙は、水たまりに放置されたポケモンカードや、歩道に散乱する何十ものフィギュアの空き箱の様子を伝えていた。
繰り返し流れる映像を見れば、まず奪われた商品の数や金額が頭に浮かぶ。だが、私にとって最もつらいのはそこではない。マンガは再注文できる。ゲーム機は買い直せるし、割れたガラスも交換できる。しかし、店を続け、顧客との関係を築き、常連客の顔を覚え、情熱を次の人へと伝えていくために費やした年月は、そう簡単には取り戻せない。ただでさえ、個人経営の専門店が次々と姿を消してきた業界なのだ。
Manga Storyの共同経営者ローランの言葉は、被害額の数字よりも雄弁に、その重みを物語っている。17歳でこの世界に入り、今は48歳。商品を奪い尽くされた店の前で、彼はLe Parisien紙に「ここで物語は終わりだ」と語った。その一言の背後には、わずか数時間の略奪によって先行きが揺らいでしまった、31年間の仕事と人生がある。

ショーウィンドウの向こうには、人々の人生があった
都市部で起きる暴力の映像は、もう何年も見慣れたものになっている。しかしManga StoryやHobby Oneの向こうにいるのは、人生の一部をかけて商品を届けてきた人々だ。そして、その商品は私を含む別の誰かが、長い年月をかけて探し、集め、ときには何十年も大切に保管してきたものでもある。
アントワーヌはManga Storyで働き、店の真上に住んでいる。彼はLe Monde紙に、打ちつける音で自宅の壁が揺れたこと、野球のバットなどを持った覆面の男たちを見たこと、様子を確かめようとして脅されたことを語った。結局、職場が略奪される間、何もできないまま、暗闇の中で数時間を過ごすことになった。
彼によれば、犯行に及んだ人々の中には、ポケモンカードをはじめ、高値で取引されるコレクターズアイテムを狙っていた者もいたという。被害額は100万ユーロを超えると見積もっている。だが数字以上に考えさせられるのは、こうした出来事が、私たちとモノとの関係を映し出していることだ。あの数時間、品物に宿る歴史や情熱、思い出はすべて、売ればいくらになるかという価値の陰に追いやられてしまった。

デモ参加者と略奪者を混同してはならない
この出来事をめぐるメディアや政治家の語り方にも、私は違和感を覚える。当局は一部の衝突について、極左勢力などの政治的な集団が関与したと説明している。
一方、パリ警視庁自身も当日の経過を説明する中で、「窃盗と略奪だけを目的とした」人々が大量に押し寄せた局面を、ほかとは区別している。
グルノーブルでは、事件翌日までに身柄を拘束された58人について、Le Dauphiné Libéré紙が、多くは初犯であり、最も多かったのは破壊された店から出てきたところを略奪に関連して逮捕された人々だったと報じている。
トゥールーズのサン=ローム通りで店を営むグザヴィエは、近くのMicromaniaも侵入被害に遭ったと話す。現場に向かった同僚の女性は、危うく殴られそうになったという。彼自身の店も略奪され、当初の被害額は4万〜5万ユーロと見積もられた。「何の主張もない。ただ壊すために壊し、奪うために奪っているだけです」と、彼は語っている。
ゲーム機やポケモンカードの箱を持ち去ることに、政治的な主張などない。私には単なる窃盗にしか見えない。そのために誰かを脅したり殴ったりするなら、それは理不尽な暴力だ。
略奪者は決して活動家ではない。デモに乗じて犯行に及んだだけだ。

Momie――40年にわたりコミックとマンガを支えてきた店
グルノーブルのMomie Mangasも被害を受けた。マンガやフィギュア、コミックのファンなら、その名を知らない人は少ないだろう。1985年、パトリック・コルベとクリストフ・サロモンはMomie Folieを開いた。当時まだ20代で、コミックを愛する二人は、グルノーブル中心部の小さな古書店から商売を始めた。40年後、Momieは約20店舗の書店と100人を超える従業員を抱えるまでになった。10月18日、パトリック・コルベは略奪被害を受けたグルノーブルの店先に立ち、状況確認に訪れた地元の議員らと話していた。
40年。1985年は、今とはまるで違う時代だった。フランスの書店でマンガが壁一面を占めるようになるのは、まだ先のことだ。日本の作品も、複数の世代をつなぐ現在のような文化現象にはなっていなかった。
Momieはその変化をすべて見届けてきた。買い方が変わり、読者が成長し、新しい世代が訪れるようになり、マンガは一部の愛好家の文化からフランス出版界の柱の一つへと育っていった。パトリック・コルベは最近も、この40年を、何より情熱と人との出会いに支えられた冒険だったと振り返っている。
そのような歩みを築くには、長い時間がかかる。読者の信頼を得て好みを知り、無名の作品を仕入れるリスクを取り、従業員を雇い、新しい店を開き、苦しい時期を乗り越え、買い物の仕方の変化にも対応する。そうして初めて、一つの店に固有の歴史が生まれる。
場所とその空気を40年かけて作り上げても、壊されるときはほんの数分。その落差を、簡単には受け入れられない。
理解することより、所有することが優先されるとき
さらにやりきれないのは、盗むこと、混乱に乗じること、店を守ろうとする人に襲いかかることが、一部の人々には集団で実行できるほど当たり前になっているように見えることだ。周囲の大勢がスマートフォンで撮影している目の前でさえ、そうした行為が起きている。
なぜ人がそこまでしてしまうのか、私には説明できない。ただ、手っ取り早く得る金や、見せびらかす成功、持っているもの、そして何より人に見せるものが、SNSでも社会全体の価値観の中でもこれほど重視される状況を、まったく問い直さないのも無邪気すぎると思う。
私たちは、自分の持ち物がいくらするかを見せることに、ずいぶん時間を使っている。スニーカー、腕時計、車、希少なポケモンカード……。何もかもが価格やステータス、転売したときの利益で語られるようになったとき、長い時間をかけて築かれたものの価値を、私たちはどこまで大切にしているのだろう。
フィギュアの箱を数個、ゲームソフトを何本か、あるいはもっとばかばかしいことに、トイレットペーパーを数ロール持ち去るために、店主に暴力を振るう人がいる。その光景に、私は社会の何かが根深いところで壊れてしまったように感じる。

モノの価値が、売却額だけになってしまうとき
私がこの問題をいっそう重く受け止めるのは、人生の大半をコレクションとともに過ごしてきたからだ。私にとって、モノの価値は決して値段だけではなかった。金銭的にはほとんど価値がなくても、大切にしているものがある。一方で、高く売れるからではなく、自分のコレクションに新たな物語を加えてくれるからという理由で、一点を何年も探し続けたこともある。
imacollectorで私が取り組んでいることの多くも、そこにつながっている。誰がその品を作り、なぜ生まれ、どのような背景で制作され、作品や作り手、時代について何を伝えてくれるのかを探ることだ。アニメーションの原画を見れば、誰が描き、作品のどの場面に当たるのかを知りたい。ゲームなら発売当時の背景が気になるし、フィギュアや画集なら、それを企画し、形にした人々に関心が向く。
コレクターにとって、10月17日の映像のいくつかがとりわけ見ていられないのは、きっとそのためだろう。モノが持つ意味や、受け継いできた文化、そこにある物語への敬意が感じられない。しかし、モノそのものが変わったわけではない。変わったのは、それを見る側のまなざしなのだ。
もちろん、Manga StoryもMomieもHobby Oneも商売をしている。商品を売るのが仕事だ。それでも私は、専門店とコレクターの間には今も強い結びつきがあると信じたい。その関係は、商品と代金を交換して終わるものではない。店の人の助言や、共通する情熱がそこにはある。
専門店が私たちに伝えてくれたもの
私にとって忘れられない発見のいくつかは、店員との会話から生まれた。知らなかった作品を教えてもらったり、探していたわけではない画集を勧められたり、助言がなければ見過ごしていた品に出会ったりした。住所のリストをポケットに入れてパリの街を歩いていた頃、私が求めていたのは、まさにそういう経験だった。
当時は、新しい店を見つけること自体が冒険だった。今ではほとんど失われた、偶然の出会いがコレクションにはあった。何が見つかるかは行ってみなければわからない。店主がカウンターの奥から、まだ見たことのない品を出してくれるかもしれない――そんな期待がいつもあった。
今なら日本からほとんど何でも直接注文できるし、価格を比べ、オークションを追い、品物の情報を数秒で調べられる。比較にならないほど便利になった。昔に戻りたいと言えば、私も偽善的だろう。
それでも私は、今もこうした店に足を運ぶ。コレクションを作ることは、欲しいもののリストを一つずつ埋めていく作業だけではないからだ。
どこで見つけたのか、誰とその話をしたのか、やがて品物に結びついていく思い出も、コレクションの一部になる。壊されたショーウィンドウを見ると、昔の住所リストを思い出すのは、きっとそのためだ。
こうした専門店は、日本のポップカルチャーが広がるうえでも大切な役割を果たしてきた。SNSも専門の通販サイトもなく、日本から直接買うことも難しかった時代、本屋や輸入業者、専門店の人々が、その文化と私たちをつないでくれた。マンガや日本のアニメ、ゲームが今のように認められるはるか以前から、この世界で働いていた人もいる。
彼らがしてきたのは、モノを売ることだけではない。それぞれのやり方で、読者やゲームファン、コレクターを育ててきたのだ。


文化を守ることは、それを支える人々を守ることでもある
私はimacollectorで文化遺産について繰り返し書いている。作品、作家、原画、さまざまな品物をどう保存するか。そして市場価格だけで判断するのではなく、その背景にある物語をどう受け継いでいくかということだ。
10月17日の出来事は、その文化遺産が、私たちが何かを初めて知った場所にも息づいていると気づかせてくれた。1985年にグルノーブルで開いた書店にも、何十年も続くパリの専門店にも、ある日カウンターの上に、それまで知らなかった品を誰かが置いてくれた、あの店にも。
被害を受けた店がこれからどうなるのか、私にはわからない。何より思いを寄せるのは、20年、30年、40年と店を守り続け、今また一から始める気力を見つけなければならない人々だ。
次にパリへ行くときも、きっと何年も続けてきたように、専門店の前を歩き、ショーウィンドウをのぞき、店に入って何が変わったか確かめるだろう。何も買う必要はないかもしれないし、手ぶらで帰るかもしれない。でも、それはさほど重要ではない。長い年月が過ぎてもその時間を楽しめるのは、私にとってあの場所が、棚に並ぶ商品以上の意味を持っているからだ。
今回の映像が何より強く思い出させてくれたのは、そのことかもしれない。私たちは文化を物語る作品や品物を残すことについてはよく語る。だが、それらと出会わせてくれた人々のことは、ときに忘れてしまう。
文化を守ることは、それを支える人々を守ることでもある。
Sources
Le Parisien, Paul Abran、2026年10月18日――「ここで物語は終わりだ」:10月17日のパリでの暴動に乗じた略奪被害を受け、諦めの色を見せる「ギーク」系専門店の経営者たち。leparisien.fr
Le Monde, Lorraine de Foucher、Soren Seelow、2026年10月18日――10月17日の暴力と略奪で荒廃したパリの商店:「みんな自分たちを撮影していた。まるでやりたい放題だった」。Le Monde.fr
Le Parisien、2026年10月18日――略奪と破壊:10月17日の翌朝、傷ついたパリの街の光景
Le Dauphiné Libéré、2026年10月18日――女性、初犯者……暴動後に身柄を拘束された容疑者たちは何者か
La Dépêche du Midi、2026年10月18日――「本当にうんざりだ。ただ壊すために壊している」:トゥールーズのサン=ローム通りで略奪された店を目にし、衝撃を受ける店主
Le Dauphiné Libéré、2026年10月18日――グルノーブル:政治各方面から非難の声、LFIに批判が集中
Le Dauphiné Libéré、2025年9月9日――「とんでもない冒険だった!」:グルノーブルからサン=マロまで、40年間コミックを販売してきたイゼール県の書店Momie
Présences Grenoble, 2023年5月26日――Momie Folieのディレクター、Gregory Gabriel:「人と人とのふれあいは、今も欠かせない」



