[特集]『アオアシ』:日本はいかに未来のプロサッカー選手を育てるのか
『キャプテン翼』が夢を、『ホイッスル!』が選抜を、『ハングリーハート』がサッカーを職業にする難しさを、そして『GIANT KILLING』がクラブの仕組みを描いた後、日本のサッカー漫画はついに「育成」の舞台裏へと踏み込めるようになった。私たちが目にするのは、選手がピッチに立った後の姿であることが多い。その一方で、その前の何年ものあいだに、誰かが長所を見極め、欠点を修正し、どのポジションでプレーすべきかを判断し、ときにはプロになる可能性がまだ残されているのかさえ見定めている。2015年に始まった『アオアシ』が選んだのは、そんなほとんど見えない時間だった。そこで投げかけられる問いは、さらに複雑だ。プロサッカー選手は、実際にはどのように育てられていくのか。
目次
青井葦人はFWだ。点を取ることが好きで、プロを目指している。エスペリオンのアカデミーに入った時点では、成長するとは、自分が選んだ役割でさらに上手くなることだと考えている。だが、周囲の指導者たちは違うものを見ている。葦人が誰より先に見えているもの、まだ理解できていないこと、成長を妨げる癖、そして数年後にその資質がどのポジションで生きるのかまで見ようとしている。
この若い主人公の経験は、現実の変化とも重なっている。1980年代から2010年代半ばにかけて、日本サッカーは若い選手を支える仕組みを大きく変えてきた。プロクラブはより早い段階から育成に関わるようになり、協会の制度も徐々に整備され、指導者養成も体系化された。そして複数の育成ルートは、互いを置き換えるのではなく、併存する形を学んでいった。
『アオアシ』が登場したのは、こうした環境そのものが一つの物語になり得るほど厚みを持った時期だった。作品の「リアルさ」はしばしば語られる。だが、その背後にはさらに興味深い問いがある。なぜ日本は、若い選手にサッカーをより上手くプレーする方法だけでなく、より深く理解する方法まで教える必要を感じたのか。
Jリーグ以前から、日本は選手を育てていた
この物語を1993年、プロリーグの開幕から始めることもできる。しかし『キャプテン翼』が始まった1981年の時点で、学校や大学はすでに選手の進路に大きな役割を果たしていた。日本サッカー協会にも独自の発掘・育成制度があり、1977年にはCentral Training Centreが設けられ、1980年にはNational Training Centreへと発展している。優れた若手選手を定期的に集め、より高いレベルの環境でトレーニングさせる仕組みは、すでに存在していた。
Jリーグが大きく変えたのは、何よりもクラブの役割だった。長いあいだトップレベルのチームは、高校、大学、企業チームを経た選手を広く獲得してきた。プロ化によって、クラブは一人の10代の選手を、トップチーム昇格の可能性が見える何年も前から継続して育てられるようになる。
U-15、U-18年代の整備は、「育成」と「職業」の関係を変えた。クラブは選手が完成するのを待つだけではなく、その成長過程そのものを追う。複数シーズンにわたって選手と向き合い、次の段階へ進めるだけの力があるかを自ら判断するようになる。この考え方は2000年代初頭、2001年にJリーグが始めたPlayer Development Project、続く2002年のAcademy Projectによって、さらに体系化された。鹿島アントラーズ、FC東京、横浜F・マリノス、ガンバ大阪など7クラブがモデルケースとなった。
とはいえ、日本の育成が一つのルートに集約されたわけではない。高校サッカーも大学サッカーも重要な位置を保ち、その一方でJFAの各種プログラムも続いている。プロクラブのアカデミーは、既存の道を消すのではなく、そこに加わる形で、より直接的なプロへのルートを開いていった。
2011年に創設されたU-18プレミアリーグは、この共存を象徴する存在だ。強豪高校とクラブユースのトップチームが、同じ大会で定期的に対戦できるようになった。選手は異なる環境で育ち、途中でルートを変えながら、隣の選手とはまったく違う道筋でJリーグへ到達することができる。
こうした仕組みの中で、中心的な言葉になっていくのが「育成(ikusei)」だ。才能を見つけるだけでは足りない。成長を追い、長所を理解し、足かせになっている部分を修正し、ときには本人が考えたこともない役割へ導く必要がある。
2010年代初頭、 Shogakukanが大きな高校大会という馴染み深い舞台から離れ、物語の中心に据えようとしたのが、日本サッカーのこの領域――Jユースだった。

なぜ『アオアシ』は高校ではなくアカデミーを選んだのか
アカデミーという舞台は、小林有吾が最初から考えていたものではない。発端はShogakukan側にあり、Big Comic Spiritsで新しいサッカー漫画を探していたKatsunobu Oginoの企画から始まった。サッカーそのものに物語が不足していたわけではない。必要だったのは、それを別の場所から語るための視点だった。
Oginoが注目したのは高円宮杯JFA U-18リーグだった。そこでは、高校サッカーとプロクラブに属するユースという二つの伝統が交差していた。クラブユースを調べるうちに、何度も目にするようになったのが「育成」という言葉だった。こうして育成は脇役ではなくなり、企画そのものの主題へと変わっていく。
2010年代初頭には、Jユースは選考、指導者、年代別カテゴリー、トップチームとの距離の近さなどを含め、一つの世界として描けるほど定着していた。それでも漫画の中では、学校サッカーほど広く共有された舞台ではなかった。Shogakukanも『アオアシ』第1巻を紹介する際、当時まだ深く描かれることの少なかった世界へ踏み込む作品であることを強調している。
小林有吾が選ばれたのは、サッカーの専門家だったからではない。前作『てんまんアラカルト』で際立っていたのは、むしろ取材や資料を掘り下げる姿勢と、スポーツ漫画にも通じる勢いだった。企画を持ちかけられた当初、小林は迷っている。『GIANT KILLING』を読み返したことで、高校やトーナメントという定番の型をそのまま繰り返さなくても、サッカー漫画にはまだ別の描き方があると気づいていった。
制作チームは両方の現場を取材した。複数のJユース組織だけでなく、学校のチームにも足を運んでいる。アカデミーは、高校サッカーを置き換える「新しくて優れた形」として描かれてはいない。どちらのルートからもプロ選手は生まれ続けている。ただし物語にとってJユースには別の重みがある。練習、選考、指導者との会話の一つひとつが、選手の将来に直接つながり得るからだ。
葦人を主人公にしたことで、作品はこの世界を「講義」にせず見せることができた。企画初期には、Yūma Motokiが主人公候補に挙がっていた。しかしYūmaはアカデミーの下部組織から育ち、その仕組みをすでに知っている。愛媛から来た葦人はJユースの外側にいたため、すべてを学ばなければならない。Yūmaには当然の指示でも、葦人には理解し、試し、身につける過程が必要になる。読者も葦人と同じ速度でエスペリオンを知っていく。
出身地もまた、小林との接点を生んでいる。小林自身も愛媛生まれで、愛媛FCへの思いを持つ。だが、より興味深い重なりは、小林が描きたいものを説明したときに現れる。プロを目指す少年たちの姿は、自分が漫画家になろうとしていた頃の執念を思い出させるという。そこには、それを本当に仕事にできるのかという同じ不確かさがある。
エスペリオンで、葦人はまさにその不確かさに直面する。指導者たちは彼のプレーを観察し、この先どんな選手になり得るのかを考える。そして福田が下す最初の大きな判断が、葦人自身が思い描いていた未来を大きく揺さぶる。
『アオアシ』が愛媛へ帰ってきたとき
2023年、『アオアシ』は葦人と小林有吾の故郷へと直接戻ってきた。愛媛FCがShogakukan、伊予市、同市教育委員会と協力して展覧会を開催したのである。
中心会場となったのは、伊予市の道の駅ふたみ。11月18日から12月3日まで、100点を超える漫画原稿の複製やキャラクターパネルが無料展示され、さらにニンジニアスタジアムで行われた愛媛FCの複数のホームゲームでは原画も展示された。
この企画は、単なる漫画展にとどまらない。作品を、葦人が生まれた土地と、現実のプロクラブの双方につなげた。11月11日のFC今治戦では、展示や特別企画に加え、アニメのエンディング「Blue Diary」を歌うRin音のライブも行われ、『アオアシ』の世界そのものがスタジアムへ入り込んだ。
日本サッカーを物語の素材としてきた『アオアシ』は、数年後には逆に、クラブと作品、そして地域を結びつける存在にもなったのである。

葦人が想像していなかった選手像
エスペリオンに来た時点で、葦人は自分のポジションを疑っていない。FWとして点を取り、相手ゴール前で活躍する未来を思い描いている。ところが福田は、葦人をサイドバックとして見ていると告げる。
このコンバートは、その場しのぎの発想でも、連載途中のストーリー変更でもない。作品が始まる前から企画に含まれていた。クラブ取材の中で、Katsunobu Oginoは複数の関係者から、日本サッカーの進化においてサイドバックが重要なポジションになり得るという話を聞いた。そこから小林とともに、この発想を軸に主人公を組み立てていく。
ただし、単純な難しさがあった。第1話から「日本一のサイドバックになりたい」と夢見る少年より、ゴールに取りつかれたストライカーのほうが読者の夢を乗せやすい。育成年代では、攻撃の選手がサイドのポジションへ転向することもある。そこで葦人は、まず誰にでも分かりやすい夢から始まり、その後アカデミーによって願望そのものを問い直されることになる。本当に彼の最も大きな長所は、自分が考えている場所にあるのか。
葦人にとって、その変更は最初「格下げ」のように見える。自分らしさを攻撃に結びつけ、成長を「もっと点を取ること」で測っているからだ。しかしエスペリオンは、彼の可能性を別の角度から見ている。目標は、葦人を最高のFWにすることではなく、持っている資質をどう使えばプロの水準に届くのかを考えることへ変わる。
そこで中心になるのが、ピッチ全体を見る力だ。キャラクターを考え始めた頃、小林はもっと漫画的な「能力」、ほとんど「未来が見える」ような力を想定していた。だが現実のサッカーを調べる中で、それは選手の位置や動きを把握する、より説得力のある認知能力へと練り直されていく。その調整の参考の一つとして挙げられたのがシャビだった。
こうして小林は、漫画の主人公を支えられるほど強い個性を残しながら、それが実際の試合では何を意味するのかを探っている。葦人は他の選手より多くが見える。だが、見えたものをどう解釈するかを学ばなければ、その力は生きない。
福田が求めているのは、才能を捨てることではなく、別の場所で役立つ形に変えることだ。生まれつきの長所に見えたものを、ポジションや責任、より広いゲーム理解と結びついた、再現可能な技術へ変えていく必要がある。
アカデミーは、選手が自分で築いてきた「自分はこういう選手だ」という認識さえ揺さぶることがある。夢は本人のものだが、プロへの軌道は、ある資質が数年後に何を生み出すかを想像できる指導者の目によっても形づくられる。
葦人にとって成長とは、受け入れにくい事実と向き合うことでもある。プロになる道は、夢見ていた選手になることではなく、自分では一度も想像しなかった選手になることなのかもしれない。
ここから小林の関心は、サイドバックというポジションそのものよりも、葦人がその役割を担うために必要なものへ移っていく。見ること、予測すること、判断すること、そしてボールに触れる前から何が起きているのかを理解することだ。

プロのように考えることを学ぶ
葦人のポジションを変えるだけでは足りない。福田は、新しい役割がなぜ成り立つのか、そしてまだ本能的に使っているピッチを見る力をどう生かすのかまで教えなければならない。
『アオアシ』が丁寧に描くのは、映像だけでは見えにくいサッカーの部分だ。プレーが起こる前に何があるのか。ボールを受ける前に後ろを見る視線、味方がスペースを空ける動き、身体の向き、相手の位置、そして実際にパスが出る何秒も前に行われた判断である。
この発想は企画段階からあった。編集チームの一人は、日本代表の試合を楽しんで見ていても、詳しい人たちがポジショニングやオフザボールの動きを語り始めると、置いていかれることがあったと話している。編集者全員が最初から専門用語を持っていたわけでもない。取材の中で学び、その学習の過程を葦人を通して読者にも体験させられると考えた。
葦人というキャラクターは、その構造に合っている。直感と独特のピッチ認知を持ちながら、見えているものを整理するための言葉や基準がまだ不足している。正しいものが見えていても、なぜそうなのかを説明できない。ミス、監督の一言、新しい試みが、選手と読者を同時に一歩進ませる。
優れた選手の頭の中で何が起きているのかを知るため、小林は本人たちに直接聞いていく。中村憲剛との対話は、その姿勢をよく示している。ある場面で「どのパスを出すか」だけを尋ねるのではない。判断した瞬間に中村が何を考えていたのか、すでに何を見ていたのか、何を予測していたのか、どの情報が決断の引き金になったのかまで知ろうとする。
この作業は、日本代表経験者である中村に、長年のトップレベルでほとんど自動化されていた思考を言葉にさせる。プレーそのものは映像で簡単に確認できる。しかし、その前にあった思考を再構成するのははるかに難しい。本人でさえ、一つひとつのプレーで意識的に言語化しなくなっているからだ。
小林は、そこで得た材料を漫画の場面へ変換する。『アオアシ』の戦術描写は、図や本で学んだ原則だけに支えられているわけではない。経験豊富な選手が、ボールを受ける前にどのように情報を集め、選択肢を絞っているのかという、しばしば言葉にならない知識を読める形にしようとしている。
こうした説明は、葦人に目に見える変化が起きたときに意味を持つ。見えなかったスペースが明確になり、無意味に思えた動きに役割が生まれ、遅すぎた判断が数秒早くなる。小林自身も、現実のサッカーは漫画で再現できるものより常に豊かであり、第一の目的はあくまでキャラクターを描くことだと語っている。
中村との作業は、思わぬ効果も生んだ。小林の質問に答えるため自分の感覚を言語化したことで、中村は、若い選手を指導するときにも使えるいくつかの概念を整理できたと説明している。漫画は現実のピッチから材料を得る。そしてこの例では、漫画を書くための作業が、逆に現実のサッカーへも戻っていった。
つまり小林が知りたいのは、良い選手が「何をするか」だけではない。その判断に「どうやってたどり着くのか」まで理解しようとしている。
葦人が成長するのは、この段階へ踏み込み始めたときだ。ピッチ全体を見る力は、少しずつ直感ではなく、ゲームを体系的に読む方法へ変わっていく。エスペリオンで求められるのは、正しく見えることだけではない。なぜそう見えるのかを理解することだ。

アカデミーは何も約束しない
Jリーグのアカデミーに選ばれることは、いくつもの段階を通過し、そこで育成する価値のある選手だと評価されたことを意味する。だが、その先にトップチームが必ず待っているわけではない。
大学は育成期間を延ばし、Jリーグへ再挑戦するまでに数年の時間を与えることができる。U-18からそのままトップチームへ上がる選手もいれば、高校や大学を経て、より遅い時期にプロへ到達する選手もいる。
エスペリオンにも、この不確かさが常にある。葦人の周囲には同じ目標を追う10代の選手たちがいて、同じ指導者から成長を見られている。アカデミーに入るとは、周囲のほぼ全員が、以前いた場所ではすでにトップクラスだったと知ることでもある。
努力は不可欠だが、それだけですべてから守られるわけではない。 むしろ逆だ。 成長が遅すぎることも、周囲に差をつけられることも、あるポジションの要求に合わないこともある。監督が本人とは違う将来像を描く場合もある。育成には、評価し、方向を変え、ときには送り出すことまで含まれる。
日本には、高校、大学、アカデミーが連続したり交差したりする複数の道が残されている。ある時点で一つの扉が閉じても、それだけでプロへの挑戦が終わるとは限らない。日本はこの混合型の仕組みを持ったままヨーロッパを見つめ、育成をさらに進めるために何が必要かを探していく。
アカデミーに入っても、プロになれるとは限らない
早い段階で選ばれることは、プロへの道が保証されたことを意味しない。Jリーグクラブのユースに入ればプロの世界には近づくが、そこに到達できる保証はどこにもない。
実際、日本のユース組織に所属する3年生38人を対象とした調査を見ると、その実情が少し見えてくる。38人のうち10人は直接プロへ進んだ一方、27人は大学へ進学していた。全国的な割合を導き出すには小さすぎるサンプルだが、クラブのアカデミーで数年間育成を受けたからといって、必ずしもプロ契約につながるわけではないことが分かる。
つまり、このシステムは選手を支え、進む方向を示し、可能性を広げることはできる。しかし、競争をなくすことはできず、ましてや将来の不確実性を取り除くことはできない。

日本がヨーロッパに求めたもの
ヨーロッパは、すでに『キャプテン翼』の夢を支える場所だった。それから30年。ヨーロッパは、日本のトップ選手がプレーを目指す場所であるだけではなくなった。JFAは育成方法そのものも、そこから学ぼうとする。
最も分かりやすい例の一つがフランスだ。2005年、JFAはフランスサッカー連盟と提携した。翌年にJFAアカデミー福島が開校した際には、クレールフォンテーヌの影響が明確に示されている。若い才能を集め、トレーニング、学校教育、日常生活を数年単位で一体として考える環境をつくるという発想だった。
その後、日本は交流先を広げていく。2010年にスペインと結んだ提携には指導者養成などが含まれ、翌年のドイツとの協力では選手と指導者の育成が扱われた。日本サッカーは一つのヨーロッパ型を選ぶのではなく、自国の仕組みを複数のモデルと比較し、その中から役立つものを取り入れていった。
ただし、エスペリオンが実在する特定の日本の組織にそのまま対応しているわけではない。少なくとも、今回の調査では明確にそう言える存在を私は確認できなかった。
日本のモデルはヨーロッパのコピーではない
日本は、高校サッカーをアカデミーに置き換えたわけではない。日本の仕組みをヨーロッパの一国と単純に比較すると、かえって本質を見失いやすい。日本の特徴は、クラブアカデミー、高校サッカー、大学、協会のプログラムという複数のルートが併存し、いずれもトップレベルへ選手を送り続けている点にある。
クレールフォンテーヌ、スペイン、ドイツとの交流は、方法や基準をもたらした。しかし、それによって日本独自の歴史が消えたわけではない。今も日本の若い選手は、まったく異なる道筋からJリーグへ到達できる。
だからこそエスペリオンは興味深い。『アオアシ』に描かれるアカデミーは、長年ヨーロッパを見続けながら、その組織を単純にコピーしてきたわけではない日本サッカーの中に存在している。
一方、物語が進むとバルセロナはより大きな意味を持つようになる。小林がスペインでの取材を深め、日本の育成を、世界でも有数の育成年代の基準と直接比較するようになるからだ。
シャビは作品の設計にも関わっている。葦人の「ピッチ全体を見る力」を現実のサッカーとして成立させるために練り直した際、参考の一人として名前が挙げられている。また福田のスペインでの経歴は、元プロ選手・Kenji Fukudaの歩みを公式に参照しつつも、人物そのものを忠実に再現したキャラクターではない。
つまりヨーロッパは、主に比較の基準として機能する。日本サッカーは、より進んだ組織から何を学べるのかを考え、その環境で育った選手たちに自国の選手がどこまで通用するのかを確かめようとする。
1980年代の翼にとって、ヨーロッパはまず「たどり着くべき場所」だった。『アオアシ』では、その比較は海外へ出るずっと前から始まっている。日本で10代の選手をどう見つけ、どう鍛え、どう準備するのかという段階からだ。
二つの作品の間に、日本サッカーは、選手の育成年代そのものだけで一つの物語を支えられるほどの組織、方法、知識を積み上げてきた。
では『キャプテン翼』はどうなっていたのか
『アオアシ』が始まった2015年にも、『キャプテン翼』の物語は続いていた。高橋陽一は当時、2013年末にGrand Jumpで始まった『Captain Tsubasa: Rising Sun』を連載していた。ただし2014年11月から2015年7月にかけて、数か月の休載期間がある。
だが、翼は1981年に登場した中学生から、すでに大きく先へ進んでいる。日本を離れ、FCバルセロナでプレーし、クラブのスペインリーグ優勝にも貢献していた。『Rising Sun』では黄金世代と再び合流し、U-23日本代表のキャプテンとして新たな目標を掲げる。マドリードでのオリンピック金メダルだ。
葦人との対比は鮮明だ。葦人がプロアカデミーの厳しさを知り始めたばかりの頃、翼はすでにバルサでプレーし、日本代表を率いて国際舞台に立っている。
つまり2015年、高橋が描いていたのは、日本人選手の夢がどこまで到達できるのかという物語だった。一方、小林はもっと手前へ戻る。夢が本当に職業になるのか、まだ誰にも分からない時点へ。

『アオアシ』がようやく見えるようにしたもの
こうして2015年の『アオアシ』は、34年前の『キャプテン翼』には描く必然がほとんどなかった時間を物語にできる。子どもがプロを夢見る瞬間から、クラブが「本当にプロになれるかもしれない」と判断する瞬間まで、その間に何が起きているのかを描くことだ。
小林は、アカデミーや指導者への取材に加え、中村憲剛のような選手がどう考えているのかにまで材料を求めた。『アオアシ』のリアリティは、選手を少しずつ形づくる判断を理解しようとする姿勢から生まれている。なぜポジションを変えるのか。ボールを持っていないときに何を求めるのか。資質をどう役立つ力へ変えるのか。そして、どの時点で指導者が「プロのレベルでやれる」と判断するのか。
葦人はあくまで漫画の主人公だ。並外れた能力を持ち、急速に成長し、物語のために組み立てられた状況を経験する。それでも、才能だけでは彼の道筋を説明できない。自分にはまだない知識を持つ人々から、常に観察され、修正され、試され、ときには否定される必要がある。
子どもとプロの間には、いまやクラブ、指導者、アカデミー、大会、選抜、そしてトップレベルへ向かう複数の道がある。『アオアシ』が見つめるのは、その中間の時間だ。選手がまだ「可能性」にすぎない時期。磨かれる前の原石である。
『キャプテン翼』からこの歴史をたどってきたとき、この特集には一つ抜け落ちているものがあると気づいた。ここまで取り上げてきた選手のほとんどが、男子だったからだ。
しかし日本サッカーには、女子の歴史もある。独自の組織、独自の障壁があり、2011年には女子日本代表が世界王者になった。『アオアシ』開始の翌年、Naoshi Arakawaは『さよなら私のクラマー』を始める。女子サッカーと、そこに自分たちの居場所を求める一世代の選手たちを描いた漫画だ。
日本が未来のプロ選手をどう育てるようになったのかを追ってきた以上、この特集の次章は「ピッチのもう半分」を見なければならない。日本サッカーは女子選手のために、実際にどのような場所をつくってきたのか。そして、なぜ漫画は彼女たちの物語を描くまで、これほど長い時間を必要としたのか。
主な参考資料
日本サッカーの育成と組織
- Japan Football Association(JFA)— JFAの歴史:1977年のCentral Training Centre創設と、1980年のNational Training Centreへの移行。
- JFA — Players Development:日本の選手育成システム、Training Centres、Elite Programme、JFA Academiesの概要。
- J.League — アカデミー制度の変遷:2002年に7クラブをモデルとして開始されたJ.League Academyプロジェクトと、その後の発展。
- JFA — Takamado JFA U-18 Premier League:2011年に創設されたU-18 Premier League。高校チームとクラブアカデミーなどが同じ大会で対戦する。
- JFA — フランスとの関係とJFA Academy Fukushimaの設立:2005年のフランスサッカー連盟との提携と、2006年のJFA Academy Fukushima開校。
- JFA — JFA Academy Fukushimaとクレールフォンテーヌの影響:JFAは、同アカデミーがINF Clairefontaineをモデルとして設計されたことを明記している。
- JFA — スペインサッカー連盟との提携:2010年に締結された協定。指導者養成や若手選手の育成などを含む。
- JFA — ドイツサッカー連盟との提携:2011年の協定。選手および指導者の育成などを扱う。
- Yamaguchi Prefectural University/日本の大学研究 — 「Jリーグにおけるキャリア選択のパターンとその変容」:Jユース出身38選手の調査を扱い、トップチーム昇格10人、大学進学27人という結果を紹介している。
『アオアシ』の企画と取材
- Number / Sports Graphic Number — 「『アオアシ』は日本サッカーの戦術文化を変えるのか?」:企画の誕生、Jユースを舞台に選んだ理由、サッカー取材について編集者が語るインタビュー。
- Number / Sports Graphic Number — 上記インタビューの続編。葦人のポジション変更の発想、連載前から決まっていたサイドバックへの転向、ピッチ全体を見る力の参考としてのシャビなどを扱う。
- Number / Sports Graphic Number — 『アオアシ』のリアリティについて編集チームが語るインタビュー。ユース組織の取材、その仕組み、現実のサッカーと漫画表現のバランスを扱う。
- Shogakukan — 『アオアシ』編集・販売チームの座談会:作品の企画過程を振り返り、Yūma Motokiが主人公の初期候補の一人だったことなどを紹介。
- Big Comic BROS. / Shogakukan — 中村憲剛 × 小林有吾インタビュー:サッカー、選手の思考、小林の制作方法についての対話。
- Big Comic BROS. / Shogakukan — Tsujitomo(『GIANT KILLING』)× 小林有吾対談:『アオアシ』の構想、キャラクター、アカデミー内の競争、プロを目指す意志についての議論。
- Kotoba — 「小林有吾/『アオアシ』はスポーツ漫画を次のステージへ進める」:取材、プロとの出会い、その資料を漫画へ変換する方法について小林有吾が語るロングインタビュー。
『アオアシ』、愛媛、そして現実のサッカー
- 愛媛FC — 2023年「アオアシ展」公式告知:愛媛FC、Shogakukan、伊予市による展覧会。道の駅ふたみで100点を超える漫画原稿の複製を展示し、クラブの試合では原画も公開。
- 愛媛FC — 2023年11月11日 愛媛FC対FC今治:『アオアシ』関連企画、『Brotherfoot』配布、「Blue Diary」に関連したRin音・asmiのライブ。
- 愛媛FC — 『アオアシ』マッチでのRin音ライブ告知:漫画、アニメ、プロサッカーを組み合わせた企画内容を確認できる。
- Imanani — 伊予での展覧会レポート:現地取材と、漫画に描かれた愛媛の場所が展示内で紹介されていることを伝える記事。
2015年の『キャプテン翼』
- Shueisha — 『Captain Tsubasa: Rising Sun』第1巻:翼はFCバルセロナでプレーし、リーグ優勝を経験した後、マドリード五輪を目指すU-23日本代表へ合流する。
- MANTANWEB — 2015年7月の『Captain Tsubasa: Rising Sun』連載再開:7か月の休載を経て連載が再開し、ちょうど同じ時期に『アオアシ』の連載が始まる。
![[特集]『アオアシ』:日本はいかに未来のプロサッカー選手を育てるのか 日本のプロサッカーを題材にしたアニメ『GIANT KILLING』で、イースト・トーキョー・ユナイテッドの選手たちに囲まれる達海猛。](https://im-a-collector.com/wp-content/uploads/2026/08/imacollector-football-part3-whistle-hungry-heart-giant-killing-cover-OK-150x150.jpg)
![[特集]『キャプテン翼』は日本人のサッカー観をどう変えたのか 高橋陽一による『キャプテン翼』のイラストで、ボールを足元に置く少年時代の大空翼。](https://im-a-collector.com/wp-content/uploads/2026/07/imacollector-football-part2-captain-tsubasa-football-japonais-cover-OK-440x440.jpg)

